目の前の判断から、未来を描く選択へ。幹部の意識を変えた人事評価制度2026.08.26

かつては早期離職、給与・評価への不安という課題を抱えていた矢崎会計事務所。そこから、どのように組織を立て直し、人事評価制度の導入へ踏み出したのか。成長を目指す士業事務所が、今こそ向き合うべき組織づくりのヒントを、代表の矢﨑誠一氏に伺いました。
※インタビュー内容は2026年6月末時点のものです。
税理士法人矢崎会計事務所 様 2025年7月導入
所在地東京都練馬区
従業員数40名超
創業1948年
URLhttps://yazaki-kaikei.com/

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代表社員 矢﨑 誠一 氏

大手監査法人にて上場企業監査に従事したのち、2012年に三代目として矢崎会計事務所に入所。試行錯誤を重ねながら組織を再構築し、10年で12名から40名規模へと成長。2025年、日本公認会計士協会 租税調査会 租税政策検討専門委員会 専門委員 就任。

「このメンバーで事務所を変える」再出発を決意した父との誓い

ーもともと監査法人にお勤めでしたが、事務所を引き継いだ経緯と、当時の状況を教えてください。

母の病気をきっかけに公認会計士を目指し、合格後、大手監査法人に約5年間勤務しました。2012年に父が脳梗塞で倒れたことを機に、家業を継ぐ決心をして矢崎会計事務所に入所しました。当時の私は会計業界や中小企業のことがほとんど分からない状態でした。大企業を中心に見てきたため、会計事務所の実務も中小企業の現場も未知の世界でした。
実際に入ってみると、事務所には明確なルールがなく、12名の個人事業主の集まりのような状態で、職員同士の会話も少なく、飲み会も殺伐とした雰囲気でした。とても仕事を楽しんでいるようには見えず、クレームや解約対応も日常的に多発していました。
さらに、売上は20年にわたって右肩下がり。それなのに残業は多く、給与も業界水準を大きく下回るレベル。もはや崩壊寸前とも言える状況で、何からどうやって手をつければいいのか分からない。それが、戻った当時の率直な印象でした。

ーそこからどのようにして、事務所の立て直しを図っていったのでしょうか?

入所して最初に任された仕事は、進行中の相続税申告業務における重大なミスへの対応でした。当時、弊所で手がけていた申告に、お客様が不安を感じ、セカンドオピニオンとして別の先生にチェックを依頼されたのです。その結果、多数の誤りを指摘され、30人ぐらいに囲まれて説明を受けるという強烈な洗礼を受けました。
他にも、毎日が火消しと謝罪の連続でした。しかし、このクレーム対応を通じて「相続の分野はリスクが高いが、圧倒的な強みになる」と気づいたのです。弊所には練馬区の地主層という顧客基盤がありました。そこでランチェスター戦略を学び、地元密着型の強みを活かして相続と飲食業界に特化して立て直しを図りました。

ー当時、どのような事務所にしていきたいと考えていましたか。

まず父に、どのような事務所になってほしいのかを聞きました。そのとき言われたのは、「練馬を大事にしてほしい」「周りの人への感謝を忘れないでほしい」という2つです。この2つは絶対に守ると誓いました。
70年の歴史のなかで、事務所は従業員に支えられてきた。私が赤ちゃんだった頃から勤務してくれている方もいる。だからこそ、今いるメンバーで組織を立て直すことにこだわりました。当時のイメージは、弱小野球部が「このメンバーで甲子園に行くぞ!」という感覚。優秀な人材を外から集めるのではなく、今いる職員たちと事務所をよくしたい。これこそが、私の組織づくりの出発点です。

「感謝される仕事がしたい」1on1で見えた職員の本音

ー職員の方々とは、最初からスムーズに関係を築けたのでしょうか?

まったくそんなことはありません。私は公認会計士の資格は持っていましたが、税務のことは分からないと職員も理解していたのでしょう。経験豊富なベテランスタッフからすると、ぽっと出の若者がトップに立つことへの警戒感はあったと思います。
当時は、ドラクエのようなものだと考えていました。旅に出た瞬間は敵ばかりですが、少しずつ仲間が増えていく。もちろん、本当に敵と思っていたわけではありません。ただ、人によって何に感動し、何に心を動かされるのかは違います。そこで、1on1面談を実施したり、仕事ぶりや飲み会での様子を見たりしながら、その人に刺さるポイントを探し、少しずつ信頼関係を築いていきました。
ー1on1では、どのような気づきがありましたか?

最初は、職員が他人やお客様に興味を持っていないように見えていました。会計ソフトに入力だけをしたい人たちかもしれない……。と感じていたほどです。しかし、全員と1on1で話してみると、みんな口を揃えて「感謝される仕事がしたい」と言うのです。それを聞いて、自分と考えていることは同じだと分かりました。今はできていないかもしれない。けれど、その理想に向けて一緒に頑張れるのではないか。表面的には熱量がないように見えても、本当は「誰かの役に立ちたい」という思いがある。その気づきは、私にとって非常に大きな転機でした。

立ちはだかる「離職の壁」と評価制度探しの迷路

ー人材定着において大きな壁にぶつかったと伺いました。具体的にどのような苦労がありましたか?

事務所の売上が回復し、徐々に人を増やしていく過程で、今度は深刻な「離職問題」に直面しました。私自身、どう組織を運営していいか分からず、精神的に追い詰められてしまいました。理念や思いを伝えれば新人にも伝わると思っていましたが、それでも辞めてしまう人が出ました。
印象的だったのは、確定申告で多忙を極める2月に入所した、とある職員のことです。彼が入って2日目の夜中、「退職し、個人事業主として、矢崎会計事務所から外注で仕事を受けたい」とメールを送ってこられたんです。正直、理解が追いつかず、パニックになりました。その後も、数日で辞める人が後を絶たず、経営者としての自信を完全に喪失しました。
しかし、「辞めた人が悪かった」で終わらせるわけにはいきません。うちの事務所に何が足りなかったのか、続けてもらうには何が必要だったのかを職員と徹底的に議論し、辞めない体制を作っていきました。

ー具体的には、どのような取り組みをされたのでしょうか。

組織横断型のプロジェクト「スマイルチーム」を立ち上げました。このチームを中心に、メンター制度の構築や新人教育プログラムの整備を行い、新人が定着し、笑顔を維持できる体制づくりのために始めました。採用して終わりではなく、入所後にどう支え、どう成長してもらうか。そこまで仕組みにしなければ、組織は大きくならないと実感しました。
ー横断型プロジェクトのほかにも組織の課題解決のため、さまざまな評価制度を検討されたそうですね?

監査法人に勤務していたとき、社内に人事評価制度がありましたから、仕組みの重要性は理解していました。ただ、会計事務所で実際に導入しようとすると、何を評価すべきか、どうバランスを取るべきかがまったく分かりませんでした。何もない状態から制度を作るのは難しく、最初は実装せずにいました。しかし規模が大きくなるにつれ、どうすればモチベーションを維持し、定着率を上げられるのか、壁にぶち当たりました。
そこで、まずは目標設定が重要だと考えて、一般的な評価システムをパッケージで導入しました。しかし、営業会社や事業会社などの一般企業で成功している「汎用的な目標管理システム」は、士業特有の業務プロセスや顧客との関わり方にはフィットしません。「何を頑張り、どの目標を達成すれば給与が上がるのか」という流れまで作ることができず、最終的に給与と連動する人事評価制度として根付かせることはできませんでした。

ー汎用的なパッケージでは対応できない「会計事務所の特性」とは、どのようなことでしょうか?

「売上と実際の業務負荷が比例しない」というジレンマです。一般的には、大きな契約を取って高い売上を上げた社員が高く評価されます。しかし会計事務所の場合、売上規模が小さく顧問料が安い顧客であっても、先方に担当者がいなかったり資料が整っていなかったりして、現場の労力や手間が桁違いに大きくなるケースがあります。
売上だけの目標管理にしてしまうと、こうした手間のかかる案件に真摯に向き合うスタッフが正当に評価されず、組織内に強烈な不公平感を生んでしまう可能性があります。また、職員は自分の日々の地道な業務がどのように評価されるのかイメージができません。複雑な税務案件や内部プロジェクトへの貢献など、具体的な業務内容を深掘りして目標設定をしなければ、「正当に評価されている」という感覚は得られないと悟りました。

ーなぜ、これまで給与連動型の制度を導入しなかったのでしょうか。

うちの事務所の特性に合った給与制度にしたいという思いが強かったからです。事業モデルが違えば、評価すべき行動や成果も変わります。
他業種や同業種に限らず、パッケージの制度をそのまま導入するのではなく、事務所の方針や業務内容に合うかどうかを慎重に見極めないと、職員が納得できないと感じていました。その結果、適したサービスが現れるまで待つことにしたのです。それまでは、職員全員の給与も賞与も、私が1カ月かけて悩んで悩んで調整をしていました。

ーアックスコンサルティングの人事評価制度を選ばれた決め手は何だったのでしょうか?

私は「餅は餅屋」、自分たちの専門外はプロに頼んだほうが無駄がないという考えなのですが、パッケージ化された人事評価制度はうちには当てはまらない。かといって、ゼロから作るカスタマイズ型も迷いすぎてしまう。アックスさんの人事評価制度を選んだ理由は、パッケージ化されていながら、事務所の特性に合わせてカスタマイズできる点です。 一定の型を示してもらえる安心感があったことと、会計事務所を長年支援されてきた実績と業界特有の課題への理解があること。そして、構築から運用まで伴走してくれる心強さを感じて導入を決めました。

給与の不安という「ノイズ」を取り払い、職員の力を引き出す

ー約1年かけて制度を構築していく過程で、どのような気づきがありましたか。

期待以上の成果だったのが、部長陣の意識が劇的に進化したことです。これまでの経営戦略会議は、過去に起きたミスの報告や火消しの議論に終始してしまっていました。
しかし、この人事評価制度の構築プロジェクトを通じて、行動指針や評価基準について私と議論を重ねるうちに、部長陣が事務所の課題を自分事として、よりいっそう捉えるようになったのです。今では、事務所の将来につながる前向きな話が、より深くできるようになりました。
これまでは、全職員の給与を私が決めていましたが、これから運用する新しい人事評価制度では、部長たちが部下の給与を決めることになります。プレッシャーを感じつつも、評価者間で目線合わせを行い、公平性を保とうと必死にコミュニケーションを取ってくれています。このプロジェクトを経て、信頼がさらに深まり、事務所の未来を共に描ける、頼もしい仲間だと改めて実感しています。

ー部長陣に評価やマネジメントの権限を委譲することへの不安はないのでしょうか?

権限委譲に過度な不安はありません。各部長の性格や指導の許容範囲は把握していますし、リスクを気にしすぎたら前進できません。自分が決めた範囲内であれば任せてよい。この考え方は、会計士として上場企業の監査を経験した際の『重要性の基準値』という考え方が影響しているのかもしれません。

ー人事評価制度導入の本当の狙いは、どこにありますか。

職員のパフォーマンスを妨げる「ノイズ」を取り払うことです。ノイズとは、「何をすればどれだけ給料が上がるのか分からない」という将来への不安や、自分に有利・不利な情報に一喜一憂して行動が止まってしまう状態のことです。そのノイズを取り払うことで、職員がやりたいこと、頑張りたいことに集中できる環境を作りたいと考えています。
どこかでうまくいかなかった人も、矢崎会計事務所で潜在能力を発揮し、一人ひとりが活躍できる組織を目指しています。人事評価制度は、職員を管理するためだけのものではありません。職員が迷わず前を向き、自分の力を発揮するための土台づくりの手段だと考えています。 具体的な評価基準として、数字には表れない定性的な頑張りや行動指針の遵守、「スマイルチーム」を筆頭にした所内プロジェクトへの貢献度を組み込みました。利益が出たから給料を出すのではなく、たとえ数字に直結しなくても、正しいプロセスと頑張りに対しては給与を払うという覚悟を決めたのです。

ー本運用に向けて、今の心境はいかがですか?

正直なところ、不安はあります。これまでは、自分の中で原資を決めて給与を決めていました。しかし制度を導入すると、定性的な頑張りを正当に評価し、給与にもつながるため、その原資からはみ出るかもしれない。そこは心配です。ただ、それこそが重要だとも思っています。頑張りに報いる状態を作ることは、経営者としての覚悟です。
もし、今のビジネスモデルで難しければ、ビジネスモデル自体を変えていかなければなりません。個人個人が成長を実感できるようにするためには、組織の成長と個人の成長が両輪である必要があります。個人だけが成長しても、組織が成長していなければ、職員は離れてしまいます。だからこそ、組織も成長し続けなければならないと考えています。

ー今後の事務所の展望をお聞かせください。

今後の目標は、正社員で50名ぐらいの総合的な大型会計事務所へと拡大していくことです。AIが発達する時代でも、事務所と職員は同じ速度で成長していく必要があると思っています。私は、職員の潜在能力を解放し、長所を爆発的に伸ばす存在でありたいと思っていま す。新しい人事評価制度という強固な基盤のもと、職員が「ノイズ」から解放され、成長と顧客貢献に熱狂できる強い組織を築き上げていきます。
コンサルタントVOICE
事務所内の制度整備は意識変容をもたらします
矢崎会計事務所様が長年模索されていたのは、数値指標だけでは測れない職員様の貢献をどう評価するかでした。今回は従来の数値評価を軸としつつ、数字に表れないプロジェクトチームでの貢献や行動指針に沿った日々の振る舞いも評価対象に加え、努力が正しく報われる制度を設計いたしました。事務所の方向性に沿った制度設計を全力で支援します。ぜひご相談ください。
HRコンサルタント 尾崎翔一
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